その昔、グリックリードの公爵家に双子の姫が生まれた。
姉の名はサティライン。妹の名はサンラーナ。
エルフという種族ゆえに、長命で潜在能力も高く、美しい。
公爵令嬢という身分に守られ、何不自由なく成長していった。
幸せな一生を約束されたかのように、恵まれた二人。
けれどサティラインが恋に落ちたのは、人間だった。
しかも何の後ろ盾も持たない孤児。
身分も種族も違う二人の恋は許されるはずもない。
引き裂かれかけた恋人たちは、全てを捨てて二人で逃げた。
公爵はこれに激高した。
二人の居場所はすぐに判明したが、公爵は決して二人を許さず、関わりを禁じた。
姉妹が再び会うことはないまま時が流れた。
「私を置いて出て行ってしまった姉を、恨みもしたのよ。
あんなに仲良かったのに、平気で捨てられるのね・・・って・・・。
でも、私には姉を追いかけるだけの勇気もなかったの。
この家を出てまで失いたくないと思える物が、まだその時には無かったから。
私にもそんな存在ができたのは、もっと後になってからになるわね」
時は流れ、サンラーナも恋をする。
その相手は、家柄は申し分なかったが、ドワーフだった。
由緒正しいエルフを望んでいた公爵は当然これにも反対した。
それでもサンラーナの心は変わらなかった。
許されないのならば、姉のように家を出ようとまで考えた。
それを感じ取ったのか、公爵もしぶしぶ承諾。
他に子供のいない公爵は、サンラーナまで手放すわけにはいかなかった。
『血統は悪くないのだし、種族もドワーフとはいえ短命な人間よりはマシだ』
苦虫を噛み潰したように呟くのを見れば、ぎりぎりの妥協だったことは間違いないだろうが・・・・・・それもサティラインの一件があればこその選択。
本来ならば、許されることすら望めない恋。
同じ許されぬ恋でありながら、自分だけが幸せになった。
そう思うと彼女は申し訳なくて仕方がなかった。
数年後、サンラーナに子供が生まれた。
元気な女の子だった。
その数ヶ月あとに、サティラインにも女の子が生まれたと、風の便りに聞いた。
二人の子供達は、従姉妹同士なのに顔も知らないまま、育っていく運命にあった。
彼女はリマを見つめた。
「会わせたかったわ、貴方達を」
自分達が引き裂かれた分、子供に期待した。
「けれど、こんなふうに叶ってしまうなんて」
リマの両親の死をきっかけとして。
そんなことを望んでいたわけではなかったのに。
「あの・・・、私・・・」
どう答えればいいのか解らず、リマは困惑した。
母が公爵家の姫だったということは、母の死後、公爵からの使いだと名乗った人物から聞かされた。
幼いリマにとって、公爵というのは『見たこともない偉い人』という認識でしかない。
そんな人が自分の祖父だという事すら信じられないでいたのに。
双子という存在を、知らないわけではないけれど。
目の前の女性は、あまりにも母に生き写しで・・・混乱は深まるばかりだ。
本当は、あの事故事態が嘘なのではないか。
本当は両親とも生きていて、大がかりないたずらを仕掛けられているのでは・・・・・・
そんな希望を抱きかけて、そんなはずはないと首を振る。
実際にリマはあの日、崖から落ちた。
自分を庇う両親の腕。
痛いほどに抱きしめられ、守られて。
その後に本当の痛みと衝撃が、全身を襲った。
覚えている。
忘れたいのに覚えている。この体が・・・心が。
命の炎を消し、冷たくなっていく両親の体温。
自分を守る血だらけの腕・・・
泣き叫び、喉が痛かった。
痛くて、苦しくて・・・反射で咳が出て・・・止まらなくて。
呼吸すらままならなかった、地獄のような時間。
気を失ってしまったから、きっと助かった。
あのまま意識を保っていたら、狂っていたかもしれない。
あれは、現実だ。
嘘や作り物じゃない。
当時のことをまざまざと思い出し、血の気が引いた。
呼吸が荒くなり、息がうまく吸えなくなる。
怖くて、悲しくて、苦しくて・・・
「リマ!」
不意に名前を叫ばれた。
聞きなれた母の声で。
「リマ、しっかりして!!」
切羽詰った声。
こんな声を聞いたのは、あの日だけ。
ああ、でも母はあの日に死んでしまった!
「落ち着いて! 大丈夫よ、貴方は無事なの・・・守られたの。だから・・・お願い、息をして!」
母が叫ぶ。
いや違う母じゃない。
「お願い、貴方まで行かないで! これ以上誰も失いたくないの!」
悲痛な叫び。
思わず目を上げれば、恐怖に染まった瞳が自分を凝視していた。
「行かないで・・・やっと会えたのに・・・」
宝石のような瞳から、次々に涙があふれてリマを濡らした。
暖かい雫。
生きている者の涙。
それは、過去と今を混同しかけたリマを一気に現実へと引き上げた。
そして悟る。
家族を失って悲しいのは、自分だけじゃない。
この人は、大切な姉を失ったのだ。
自分と同じ恐怖と悲しみを抱えた人だ。
そして今、それと同じだけの恐怖で自分を見つめている。
再び失うことを怯えている。
「ごめ、な・・・さい・・・」
まだ正常に戻らない呼吸で、擦れた声を絞り出す。
「ごめん、なさい」
呟くリマを、サンラーナがそっと抱きしめた。
「怖かった・・・貴方まで姉のもとへ行ってしまうかと思ったわ・・・」
その声はわずかに震えていた。
隠しきれない恐れの宿るその声が、逆にリマを落ち着かせる。
「ごめんなさい・・・もう、大丈夫・・・」
同じ痛みを抱えた人。
同じ恐れを抱えた人。
今まで存在すら知らなかったその叔母を、小さな手をいっぱいに伸ばして抱きしめ返す。
「・・・ありがとう、叔母様。私は行かない。パパとママが守ってくれたから、まだ死んじゃだめなんだよね」
委縮する心まで包み込む暖かく優しい腕。それが自分を守ってくれている。
だから、自分もこの人を守ろうと思った。
幼いリマにとって、難しいことはよくわからない。
それでも、同じ痛みを抱え、同じ恐怖に怯える人だという事は、頭ではなく心で理解できたから、守りたいと思ったのだ。
守るべき存在ができたとき、心は強くなる。
守るためにやれることを探し、前を向く。
自分を守るサンラーナ。
自分が守るサンラーナ。
二重の意味で、彼女はリマの支えとなった。